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長浜曳山祭の“子ども歌舞伎”をテーマに、2人の少年少女の心の葛藤を描く/谷口未央監督にインタビュー

2026.03.13
監督
谷口未央さん

2016年にユネスコ無形文化遺産に登録された、滋賀県長浜市の長浜曳山祭“子ども歌舞伎”を舞台に、子どもたちの心の葛藤を描いた映画『長浜』。
生まれ育った故郷の祭りを映像化しようと、約8年の歳月をかけて作り上げた谷口監督に、映像化までの過程や見どころ、おすすめのロケ地について聞いた。

長浜曳山祭の「子ども歌舞伎」を題材に映画を作ろうと思われたきっかけを教えてください。
私は2歳から小学校6年生まで長浜で育ち、長浜曳山祭のメイン会場である長浜八幡宮のすぐ近くに住んでいました。そのため、長浜八幡宮は子どもの頃の遊び場の1つみたいな場所でした。
私が通っていた長浜小学校は、祭り期間のメインである4月15日の「本日(ほんび)」という日は午後がお休みになるので、学校終わりにみんなで祭りを見に行くことが定番でした。ただ当時は子どもだったので、祭りの目玉である子ども歌舞伎を見てもよく分かっておらず、出店で駄菓子を買ったり裏の川で遊んだりといった記憶が、祭りの楽しい思い出としてずっと心に残っていました。
そして、前作の長編映画『彦とベガ』(2016)を東京で劇場公開したのですが、その作品が終わるタイミングで次作について考えていたところ、長浜曳山祭がユネスコ無形文化遺産に登録されるというニュースを知ったのです。そのニュースを聞いたときに、「自分が撮りたい題材はふるさとの長浜だ」と思い、長浜曳山祭はその中でも一番大きな題材だと感じました。また、他の監督さんが撮る前に「今ここで自分が手を挙げなきゃ」と思ったんです。今のうちに何か動けないかな、と。

―そこから撮影に向けてどのような準備をされたのでしょうか

最初に、過去の監督作品の『仇討ち』(2011)で繋がりのあった滋賀ロケーションオフィスに相談の連絡をしたのが始まりでした。
滋賀ロケーションオフィスから、まず長浜市の窓口を教えていただき、そのあとに「長浜曳山文化協会」という、博物館を運営している団体を紹介していただきました。その博物館の窓口に行くと、今度は長浜曳山祭の祭典を執行する「總當番(そうとうばん)」という祭りを取り仕切る組織につないでいただきました。
次々と祭りの関係各所にたどり着き、そこから「山組集会」という大きな集会にも参加させていただきました。その集会で、実際に祭りの準備がどう進んでいくかを見る、というところから取材を重ねていきました。
地元取材を進める中で、特に映像化したいとこだわった部分はどこですか?
「映像化したい」という思いとは少し違うかもしれませんが…
長浜曳山祭には13の町内グループからなる山組というものがあって、それぞれの山組から2人ずつ「負担人」という代表者が山組集会に集まり、さらに總當番の方々も十数人いて、とても大きな集会になります。60歳前後くらいの男性たちが、みんな黒いスーツを着て、山組ごとにデザインが異なる扇子を持って会に集まるんです。そして、集まると最初に山組ごとに記帳をして、そのあとずらっと並んだ参加者たちの前に、八幡宮の宮司さんが入ってきて、大幣でお祓いをします。
それを見たときに私が最初に思ったことは、「これはとても映画にするものじゃないな」ということでした。やはり祭りは神様ごとですし、私なんかが「撮りたい」と言って撮れるものではない、というのが最初の印象でした。
ただ、そこで諦めずに取材を続けて何度か集会を見ていくうちに、最初に抱いた印象とはまた違う面が見えてきました。それは、總當番の人たちが、まるで子供のころに戻ったかのように、とても楽しそうに集会の準備をしている姿でした。それを見たときに、この人たちにとって祭りはこんなにも楽しいものなんだ、と思いました。同時に、「祭りって人間が作っているんだな」ということを強く実感しました。
だから、「神様ごとだから映画にできない」ではなく、むしろこの人たちを撮りたい、と思いました。最初から「映画にしよう」というよりも、人間が作っているその姿が面白い、と思ったという感じですね。

―そこから人にフォーカスして、伊吹と花の2人の葛藤の物語に繋がっていくのですね

そうですね。
やはり子ども歌舞伎が長浜曳山祭の1番のメインだと思っているので、これをど真ん中に置いて映画を作らなきゃいけない、という思いは最初からありました。そうなると、子どもたち2人が主役になるというのも自然な流れでした。祭りを作り上げる大人たちの人間味も感じさせながら、それを真ん中に据えるわけではないけれど、「祭りは人間が作っている」という過程を映画の中できちんと見せたいと思いました。
谷口監督自身の思い出の場所や印象的なロケ地はありますか?
伊吹と花が小さなお堂の境内に集まる場面がいくつかあるのですが、その場所は八幡宮の隣にある「舎那院(しゃないん)」というお寺です。私が子ども時代、祭りのときに遊んでいた川がまさにそのお寺の裏にあるんです。子どもの頃からの遊び場でずっと知っている場所なので、「子どもだけが知っている隠れ家」という印象が自分の中にあり、伊吹たちが集まる場所として使いたいと思っていました。撮影監督であるカメラマンや照明さんのおかげで、私が思っていた以上にとても美しい場所として撮っていただきました。
もうひとつ印象的だった場所は、学校帰りで制服姿の花に伊吹が声をかける場所です。台本では「高架下」と表記していたあの場所は、実は私のジョギングコースなんです(笑)。
朝、ぼーっと走ったり歩いたりしながら、何となく通っていた場所で。当時は特に何も思っていなかったのですが、いざ撮るとなったときに、「道を挟んで手前と向こう側に2人を配置したら、交わらない感じが出せるな」と思ったんです。日常では、ぼんやり見ていただけの場所ですが、脚本を書いているときにふと思い出した場所です。

―花と伊吹の母親が食事をする飲食店も印象的でしたね

あそこは「茂美志屋支店(もみじやしてん)」という、とても美味しい定食屋さんです。花が食べるシーンでカットがかかった瞬間に、「うまっ」と言ったんです。思わずそう言ってしまうほど、本当に美味しいお店です。実はこのお店、今回舞台になった鳳凰山という山組の方のお店でもあり、撮影はお休みの日に許可をいただいてお借りしました。「長浜で撮るならここの定食屋しかないんです」とお願いしたら、快く貸してくださいました。その街で生活している人たちに本当に愛されているお店なので、その空気感が少しでも伝わっていたら嬉しいですね。
地元撮影にあたり、現地の方々からの撮影協力などはありましたか?
祭りのシーンやお稽古をしているシーンなど、地元の方々が結構協力的で、関わっていただいたシーンが多かったです。
今回、映画用に子ども歌舞伎を一から作ったため、映画だけのために稽古を2週間ほどしているんです。そして、子ども歌舞伎のシーンやドラマ部分の撮影も、本当の祭りがある春の時期とは別に、秋に行いました。撮影と並行して稽古も行う中で、映画のスタッフが子どもたちの稽古の見守りができないときは、実際の山組の若い衆さんたちが当番を作って順番順番で子どもたちのお世話をしていただいているという状態でした。

―本当に祭りの準備を、もう一度やったような感じですね

そうなんです。現地の方々は「もう一回祭りができる!」と前向きに協力してくださって、本当に祭りが好きなんだなと感じました。
逆に、実際の祭りの様子をドキュメンタリーの実景部分として撮影させていただいて使用したシーンもあります。実際の祭りの最中に、子ども歌舞伎の山車の上にカメラマンと音響さんに乗っていただき、ずっと映像と音を撮っていただいていました。
普通は、このような形での撮影はなかなか許可が出ないと思います。でも今回は本当に地元の方々にご協力いただいて祭りのシーンを撮ることができました。
だからこそ、最後の祭りの場面はリアルな熱量が映像からも伝わると思います。
また、今回の撮影では「お風呂の協賛」という協力をしていただきました。
今回の撮影におけるスタッフの宿泊は、一軒家を借りて一部屋ずつ泊まっていただく形式だったのですが、お風呂は一つしかないということで、地元のホテルに「お金ではなくお風呂を協賛していただけないか」とお願いしました。ホテルの方は快く受け入れてくださり、撮影が終わったら、そのホテルの大きな大浴場に入ることをみんな楽しみにしていました。本当にありがたかったです。
地元の方々と一緒に作品を作っているようで、皆さんが望んで協力していただける環境であったことが本当に良かったなと思います。
撮影中にこだわった点や苦労したことはありますか?
映画で歌舞伎をどう扱うかということはとても悩みました。知識がほとんどなかったので、どのような物語があるのかもよく分からなかったんです。
最初は親子の物語にしたいと思っていましたが、実際の歌舞伎の演目では親が子を殺す、主君の身代わりに自分の子を犠牲にするといった内容が多く、映画のテーマとして分かりにくくなってしまう。
そんな中で見つけたのが、今回の「俊寛」という作品でした。この演目は親子の話ではないですが、主人公が自分のかわいがっている仲間やその奥さんのために必死になる、という気持ちの表現が、映画のテーマとすごく近いと思ったんです。
また、「りんにょぎゃってくれめせや」という印象的なセリフがあるのですが、その意味が「愛してください」という意味だと知ったときに、ああこれは子どもに言わせたいセリフだな、と。こういうストレートなセリフがあるなら、この歌舞伎を使おう、と決めました。
伊吹役の荘司さん、花役の加藤さんの現場での印象はいかがでしたか?
まず加藤さんに関しては、もともとフルートが吹けるということもあり、オーディションで横笛を持った時にはもう音がちゃんと出せていました。笛の構えを見た瞬間に、「あ、この子が花だな」と、私の中で花とすごくリンクしました。
ただフルートとしゃぎり(祭囃子) の笛は別物なので、撮影が始まった頃は、まだ、あまり吹けなかったんです。でも、お祭りでしゃぎりをやっている子や若い人たちに教えてもらいながら、撮影中に私が見ていないところでも一生懸命練習していたみたいです。
その結果、クライマックスのしゃぎりのシーンでは、しっかり音を出して吹ける状態になっていました。本当に努力してくれた結果だと思います。

荘司さんに関しても、凄く努力家だと思いました。
今回の伊吹役は、歌舞伎初心者であることから、声の出し方が分からず戸惑う様子を出したく、少し甲高い声で演じてほしいという指示をさせていただきました。
実際の子ども歌舞伎の録音や映像を見せて、「こういう声でやってほしい」と伝えたところ、彼はすごく努力してくれました。台本もすぐ覚えるし、甲高い声で演じる練習も何度もして、本番でも躊躇なくその声でやってくれました。
さらに、撮影と並行して子ども歌舞伎の稽古もしていたので、本当に大変だったと思います。
でも、山組の方々や他の子役ともすごく仲良くなって、現場でははしゃいで遊んでいることもあり、子どもらしい一面も見せてくれていました。

―荘司さんの歌舞伎はお見事でしたね。

歌舞伎の部分では、岩井小紫さんという振付の先生に教えていただきました。映画にも出演してもらっています。
先生がたった2週間の稽古で、あれだけのクオリティの動きをみんなに伝えてくださったおかげで、いざ曳山の上で演じるときも、どの場面も綺麗に、上手にできたと思います。
しかも、そのシーンは一度しか撮っていません。本当に集中してやらなければならなかったのですが、荘司さんは一発で本当に素晴らしいお芝居をしてくれました。
これからご覧になる方に向けてメッセージをお願いします
長浜は今こそ観光地になっていますが、昔はそうではありませんでした。
30年前くらいに「黒壁」という、昔の銀行の建物を利用して、ガラス工芸を新しい特産物として作り、観光客をたくさん呼んでシャッター街の一歩手前だった商店街を復活させる、という動きがありました。
でも、この街が観光地化した一番の理由は、祭りを継続するために街が活気づくことを選んだことだと思っています。
今も30年前ほど賑わっているかというと、そうではなく、街の中にはいろいろ課題があります。祭り自体もお金がかかるので、街に人が来ないと元気にならないですし、祭りも維持できない。特に長浜曳山祭は、見てもらうことを前提にし、外の人に楽しんでもらう祭りです。
そのため、この映画でまず祭りのことを知ってもらいたいですし、長浜の街のことも知ってもらいたい。そして、たくさんの人が実際に長浜に来てくれることが、この映画の最大の評価だと思っています。祭り目当てでも、観光目当てでもいいので、この映画をきっかけに長浜に足を運んでいただけたら嬉しいですね。
普段はどのようにロケ地を探していますか?
まず今回の『長浜』に関しては、私自身がその場所に住んで制作にあたっているので、生活の拠点として自然に街に入っていきました。いわゆる、「ロケ場所を探す」という意識はあまりなかったかもしれません。
ただ、自転車や歩きで街中をものすごく歩きました。いろんなところを見て回りましたね。車で移動しているだけだと、いいロケ場所って見つからないんです。歩いたり自転車で移動したりして初めて、「ここで撮ったらすごくいい画になるな」と気付くのです。
もちろん、フィルムコミッションさんに紹介していただくという方法もありますが、脚本に合った場所をゼロから探すときは、自分で歩き回る、自転車に乗りまくる、そういうやり方ですね。そうしないと出会えない場所があると思っています。
時間はもったいないとはあまり思わないです。電車移動で2時間とかかかっても全然平気です。無駄に思える時間かもしれないけど、それが最終的にいい場所を見つけるためには必要だと思っています。

―今作に限らず、過去に谷口監督が携わってきた作品で印象的なロケ地はありますか?

2011年に撮った短編『仇討ち 』という作品で、主人公は剣道をしている男の子だったので剣道場が必要だったのですが、私が子どもの頃に通っていた長浜の「武徳殿」という古い道場を使うことにしました。
その場所の決め手になったのが、その武徳殿の前に桜の木があることでした。
『仇討ち』は桜をテーマにした作品で、どうしても桜の絵を撮りたかったんです。
剣道をしている男の子というテーマと合わせて、道場と桜がある場所というのが自分の子どもの頃の思い出とつながり、そこに行って撮影できたのは良かったと思っています。
監督職と介護職を両立されていますが、両立しているからこその苦労や、やりがいをお伺いしたいです
私が東京に出てきたのは2009年頃で、当時は映画学校のワークショップに行ったりしていましたが、当時から映画業界で生きていけるかというと、多分無理だなと早いうちから思っていました。映画は撮りたいけれど、それを職業にするのは違うと感じていたので、介護士が性に合っていると思い両立するスタイルでやっています。
前にあるカメラマンさん に「助監督を1回やるのはいいけど、その役職で生活までできるようになると、そこで満足しちゃって監督にはなれない」と言われたこともあり、なるほどなと思いました。多分私は監督業だけで生計立てるタイプではないな、とも。
介護の仕事は、監督業と似ているところがあるんです。おじいちゃんおばあちゃんを俳優だと思って、どうやって気持ちよく家に帰してあげるか、という感じでその1日を演出しているような気持ちになることがあります。最初はうまくいかなくても、最後に持って帰る記憶が楽しければいい。そのため映画の演出感覚と重なることもあり、介護は天職だなと思っています。
私は普段は介護士をやりながら、撮りたいときに映画を撮っています。監督業はお金のかかる趣味みたいになっていますね。でもある意味、ずっと夢のある職業という感覚でいます。
夢と言うとキラキラしたイメージですが、実際はすごく大変でつらいこともあります。
ある意味コスパとして見合ってるのかなと思うこともありますが、出来上がると意外とフットワークの軽い素材だなと感じます。
映像の力ももちろんありますが、物語を添えて作ると、海外の人や文化の違う人、世代の違う人たちにも観てもらえる。そういう意味で、映画ほど共有ができるメディアはあまりないのではと思っています。作った後にいろんな人に届けられるというのが、映画を作る醍醐味の1つだと思います。
どんなクリエイティブでも同じだと思いますが、脚本に書かれたただのテキストが、キャスティングが決まった瞬間に、その文字の塊が立体化して、声を持ち、姿を持つ。それって妄想が現実になる奇跡みたいな瞬間ですよね。もしかしたら、私にとっての映画を作る唯一の原動力かもしれません。若い方々が映画を作るときも、こういう瞬間の喜びを感じられたら、大変なことがあっても乗り越えられるんじゃないかなと思います。
作品情報
映画『長浜』

2025年|93分|アメリカンヴィスタサイズ|カラー|5.1ch
出演:荘司亜虎、加藤あんり、瑛蓮、池田良
田中恵理、満克昌、松本大志郎、曽奈千春、久保田直樹

監督・脚本:谷口未央
撮影:根岸憲一 照明:佐藤仁 音響 :松野泉 美術:塩川節子 助監督:濱本敏治 制作担当:山田康博 ヘアメイク:森清佳 ヘアメイク指導:村 田裕彦 衣装管理:田中雄太 脚本協力 :于然 プロデューサー:谷口未央 協力プロデューサー:杉岡慶子
歌舞伎振付 :岩井小紫 太夫:竹本甚太夫(三役修業塾) 三味線 :豊澤賀祝(三役修業塾)

エンディング曲:HASAMI group「消えても何かが」

協力:長浜曳山祭 特別協賛:株式会社テクロス、一花薫、ワボウ電子株式会社
助成 : 文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会、長浜市

製作:コルミオ・フィルム 宣伝・配給:ブライトホース・フィルム 宣伝美術:千葉健太郎 宣伝担当:大久保渉

nagahama.brighthorse-film.com

© 2025 コルミオ・フィルム

2026 年 3 月 14 日[土]
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