『あまちゃん』は、震災をメインにやっていたつもりはないんです。もちろん、震災以降のことは悩みながらというか葛藤しながらやったんですけど、震災ってなかったことにできないですよね。そこでずっと生活している人はいるし、その人たちを描いているので、特別に震災が、という風にやってるわけではないんです。
ロケハンとか取材を含めると長い期間行ってますね。3ヶ月は行っていると思います。
南相馬にあったファンキーなバーに入り浸っていました。地元の人がやっていて、すっごく明るいんですよ。体力的にも精神的にもしんどい面があるので、撮影が終わってヘロヘロになりながら、そのバーに行って癒されてました。
――地元の方とはどんな話をされたんですか?
普通にくだらない話です。
やっぱりそこにくる地元の人たちも、そのくだらなさを求めていらっしゃって、地元の人たちとワイワイガヤガヤやってました。そこで盛り上がって、劇中の祭りのシーンにも参加してもらったりしましたね。
そうなんです。本来あの場所は夜は入れないエリアなのですが、特別に許可を頂いて、浪江を去った人たちや、南相馬にいらっしゃる人たちに参加してもらって、撮影したんです。震災以降初めて顔を合わせて「元気だった?」という感じになっているところを撮影したのがあのシーンなんですよね。一晩だけ自分の故郷に戻ってきた人たちなんです。
バカ話もするし、普通に踊るし、終わりたくない感じで、そのシーンの撮影が終わっても、延々祭りが続いてましたね。自分たちの祭りをその後もされていて。みんな、キャストも飛び込んで踊ったりしていて、そういうのが楽しいですよね。
『その街のこども』でもそうだったんですけど、なるべく役者に想像させるというか、見せないことを心がけました。キャストの子供たちは誰も行ったことがないんです、この土地には。この風景を見たことのない子供たちが自分たちの街に帰って来るっていう話なので、彼女たちのリアクションを忠実に撮影しました。僕らが先回りして、撮影隊が待ち構えているところに役者が現れるっていうんじゃなくて、彼女たちを先に行かせて後ろからカメラで撮りながら徐々に撮影隊がその場所に入っていくというように撮影をしました。
台本は、シーンごとに始めと終わりが決められているので、そこだけを切り取って演じるのはなかなか難しいものです。だからシーンの大体5分前くらいから演じてもらいました。想像しながらそのシーンに入ってもらって、3分後ぐらいまで演じてもらうっていうことをやっていました。だから(カメラが)数時間回ってることもありましたね。
明るい人がいいですね。土地の人と仲良くなれる人が、制作部を選ぶ時のまずマストな条件ですね。
僕の現場は大変なので、本当に制作部が頑張るんですよ。例えば、『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』で何が大変だったかというと、「この店の前で芝居をさせてください」とか、「この土地を何かに見立てて芝居をしたいです」とロケ交渉をするときに、その土地に誰もいないのでまず探さないといけないんです。数か月かけて。どうやって探すんだっていうこととか、気が遠くなるようなことを、めげずに一個一個つぶしていくんですよね。
そのために何をやるかというと、さっき言ったバーに入り浸って、土地の人と仲良くなってっていう、草の根運動をやっていくんですね。で、探し当てて行くんですよ。「どうもあそこの人はここに今いるらしいよ」と言って連絡先を聞いて、その人にたどり着いても「ダメ」と言われることもありますけど。途方もないんですよ。
人間が好きな人じゃないと制作部は務まらないと思いますね。人と人の力でしか作品は成り立たないので。
『あまちゃん』は、震災をメインにやっていたつもりはないんです。もちろん、震災以降のことは悩みながらというか葛藤しながらやったんですけど、震災ってなかったことにできないですよね。そこでずっと生活している人はいるし、その人たちを描いているので、特別に震災が、という風にやってるわけではないんです。
ロケハンとか取材を含めると長い期間行ってますね。3ヶ月は行っていると思います。
南相馬にあったファンキーなバーに入り浸っていました。地元の人がやっていて、すっごく明るいんですよ。体力的にも精神的にもしんどい面があるので、撮影が終わってヘロヘロになりながら、そのバーに行って癒されてました。
――地元の方とはどんな話をされたんですか?
普通にくだらない話です。
やっぱりそこにくる地元の人たちも、そのくだらなさを求めていらっしゃって、地元の人たちとワイワイガヤガヤやってました。そこで盛り上がって、劇中の祭りのシーンにも参加してもらったりしましたね。
そうなんです。本来あの場所は夜は入れないエリアなのですが、特別に許可を頂いて、浪江を去った人たちや、南相馬にいらっしゃる人たちに参加してもらって、撮影したんです。震災以降初めて顔を合わせて「元気だった?」という感じになっているところを撮影したのがあのシーンなんですよね。一晩だけ自分の故郷に戻ってきた人たちなんです。
バカ話もするし、普通に踊るし、終わりたくない感じで、そのシーンの撮影が終わっても、延々祭りが続いてましたね。自分たちの祭りをその後もされていて。みんな、キャストも飛び込んで踊ったりしていて、そういうのが楽しいですよね。
『その街のこども』でもそうだったんですけど、なるべく役者に想像させるというか、見せないことを心がけました。キャストの子供たちは誰も行ったことがないんです、この土地には。この風景を見たことのない子供たちが自分たちの街に帰って来るっていう話なので、彼女たちのリアクションを忠実に撮影しました。僕らが先回りして、撮影隊が待ち構えているところに役者が現れるっていうんじゃなくて、彼女たちを先に行かせて後ろからカメラで撮りながら徐々に撮影隊がその場所に入っていくというように撮影をしました。
台本は、シーンごとに始めと終わりが決められているので、そこだけを切り取って演じるのはなかなか難しいものです。だからシーンの大体5分前くらいから演じてもらいました。想像しながらそのシーンに入ってもらって、3分後ぐらいまで演じてもらうっていうことをやっていました。だから(カメラが)数時間回ってることもありましたね。
明るい人がいいですね。土地の人と仲良くなれる人が、制作部を選ぶ時のまずマストな条件ですね。
僕の現場は大変なので、本当に制作部が頑張るんですよ。例えば、『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』で何が大変だったかというと、「この店の前で芝居をさせてください」とか、「この土地を何かに見立てて芝居をしたいです」とロケ交渉をするときに、その土地に誰もいないのでまず探さないといけないんです。数か月かけて。どうやって探すんだっていうこととか、気が遠くなるようなことを、めげずに一個一個つぶしていくんですよね。
そのために何をやるかというと、さっき言ったバーに入り浸って、土地の人と仲良くなってっていう、草の根運動をやっていくんですね。で、探し当てて行くんですよ。「どうもあそこの人はここに今いるらしいよ」と言って連絡先を聞いて、その人にたどり着いても「ダメ」と言われることもありますけど。途方もないんですよ。
人間が好きな人じゃないと制作部は務まらないと思いますね。人と人の力でしか作品は成り立たないので。
(STORY)
神戸で女子高に通う朝海のもとに、故郷福島に留まる同級生・本気(マジ)から一通のメールが届く。
「立入制限区域になっている母校の校庭に埋めた、タイムカプセルを掘りに行かないか?」。 同じ誘いを受けた小学校時代のクラスメイト二人、神戸で暮らす勝と横浜の夜の街で働く香雅里 、そしてひょんなことから朝海たちに同行することになった教師・岡里は、 一路福島を目指す。長い旅路の果てにたどり着いた地で、彼らは何を見て、何を感じるのか…。
監督:井上剛
脚本:一色伸幸
音楽:大友良英、Sachiko M
出演:石井杏奈、渡辺大知、木下百花、柾木玲弥、前田航基、
津田寛治、二階堂和美、皆川猿時、ともさかりえ、南果歩、中村獅童
制作・著作:NHK
協力:NHKエンタープライズ
2015年/日本/カラー/DCP/100分
配給:トランスフォーマー
(C)2015 NHK
井上剛(いのうえ・つよし)
1968年、熊本県出身。1993年NHK入局。社会現象になった連続テレビ小説『あまちゃん』や、土曜ドラマ『64』などで演出を担当。阪神・淡路大震災の15年後の神戸を舞台にしたドラマ『その街のこども』は、再編集を施した劇場版が2011年に公開された。