物語が出来上がってきて、人物像が見え始めた頃から一緒に場所のイメージも浮かんできます。たとえば四ノ宮は完璧主義のエリート弁護士だから、いいスーツを着ていいマンションに住んでいる。それを象徴する場所として、ネオンが光る高層ビル街で撮影しました。瞳子は郊外に住むパート主婦の設定で、茶色い壁の平屋が並んでいて周りには畑があるような所をイメージし、春日部市で撮影しました。アツシは東京の水路を小さな船で移動しながら首都高速道路の橋梁点検をする仕事をしていて、川沿いの職場から遠くないところに住んでいる設定。銀座や新宿ではなくて大田区、大森、蒲田あたりの下町をイメージし、東京東部を流れる河川で撮影しました。
内面に向かっていく芝居を撮ろうとすると、密室劇になりがちです。撮影日数や製作費が限られている日本映画では特にそう。でも場所の変化があまりにも少ないと観客が飽きてしまいます。今回は3つの世界をそれぞれ立たせるためにも、できる限り画に変化を持たせたいと思いました。そこから今の日本、東京の感じが見えてくればいいなと思います。
漁師船に乗せてもらって東京の河川をいろいろ回ったのですが、水上から見る東京の風景が新鮮でした。船からは堤防や柵や上方のビルは見えても、路上の人間や車が見えないんです。音は聞こえるから人の営みの気配は感じるけれど、姿が見えない。都会の真ん中にいながらも孤独を感じているアツシの気持ちがわかった気がした、面白い風景でしたね。
今回の主役は皆、当て書きです。(ワークショップ参加者の中から)それぞれの個性を知った上で、バランスを考えながら物語に合う人を選んでいます。アツシは九州出身の口下手な男の役ですが、30歳を過ぎて「役者をやりたいんです」という篠原さんの不器用なりの良さを出したかった。完璧主義のエリート弁護士・四ノ宮を演じた池田さんは、いいところの坊ちゃんなんです。そんな匂いがプンプンするでしょ(笑)。四ノ宮はすごく難しい役で、最初、ワークショップの俳優には難しいだろうと思っていましたが、ハマり役です。本人はここまで嫌な奴ではないですけど(笑)。
アツシが泣くところですね。(死んだ)奥さんに向かって心情を吐露するシーンです。普通に役者さんが役作りをして泣いているというような泣き方じゃない。「結婚してもよかよー、と言ってくれた時が一番幸せやった」と言うところは何度見てもぐっときますね。実際の撮影では、彼(篠原篤)は新人なので、なかなか泣けずにいたんです。演技指導で出来るものではなくて、本人の気持ちですから、もう待つしかありません。もう今日は無理かな、ロケセットだけ残してもらって、別の日に僕と彼だけ泊まり込んで僕がデジカメを回して撮るかな、と思っていた時、最後の最後にできたんです。突然、独り言みたいに始まってポロポロ涙をこぼし始めたので、そのまま「用意、スタート」もなく撮り始めました。カメラマンの助手さんも泣いていて、そういう撮影でした。本人は終わったらホッとしたのか、憑き物が落ちたような顔をしていました。演じてます!という感じじゃなかったのが、良かったと思います。
――スタッフの支えも大きかった?
彼が4時間経っても泣けなかった時に、スタッフが僕のところに来て「監督これじゃダメだと思うんだよね。あいつは泣こう泣こうとしているけどそうじゃないんだよね」みたいなことを口々に言ってきたんです。そんなことをスタッフから言われたのは初めてで。「お前はなんでできないんだよ」じゃなくて、皆が彼の気持ちになって考えてくれていた。本当にチームが一体となって見守ってくれていたと思います。なかなかそういうスタッフさんが集まってくれることはない。(篠原さんに対して)「お前は本当にいい現場にいたよ」という感じでした。
日本映画の現場って、予算もないしギャラも安いから楽しくないとね。(スタッフ・キャストには)居心地よくいてもらいたいです。僕は現場で怒鳴ったことはないです。役者をいじめるイメージがあるみたいですけど、いじめたことないですよ。新人さんとよくやっていますけど、「お前なんでできないんだよ」と怒鳴ることはないです。ひたすら待つだけです。今回はカメラマンの上野さんと録音の小川さん以外は初めて仕事するスタッフが多かったです。
今回のスタッフは映画を作ることに対してものすごく献身的でした。新人を見守ることも含めて。また是非一緒に作品をつくりたいです。皆、とってもスキルがありますよ。
今回、脚本には時間をかけましたが、制作が始まってから撮影まではリハーサルも含めて準備期間が1か月もなかったんです。ロケセットなど作り物もあるのに大丈夫かなと思いましたけど、それでもやっちゃうんです。今、日本映画は準備期間が1か月を切ってもできてしまうくらいのスキルを皆さん持っているということです。時間と予算があればもっといいものをこの人たちは作れる、もっと日本映画が良くなると感じましたね。
物語が出来上がってきて、人物像が見え始めた頃から一緒に場所のイメージも浮かんできます。たとえば四ノ宮は完璧主義のエリート弁護士だから、いいスーツを着ていいマンションに住んでいる。それを象徴する場所として、ネオンが光る高層ビル街で撮影しました。瞳子は郊外に住むパート主婦の設定で、茶色い壁の平屋が並んでいて周りには畑があるような所をイメージし、春日部市で撮影しました。アツシは東京の水路を小さな船で移動しながら首都高速道路の橋梁点検をする仕事をしていて、川沿いの職場から遠くないところに住んでいる設定。銀座や新宿ではなくて大田区、大森、蒲田あたりの下町をイメージし、東京東部を流れる河川で撮影しました。
内面に向かっていく芝居を撮ろうとすると、密室劇になりがちです。撮影日数や製作費が限られている日本映画では特にそう。でも場所の変化があまりにも少ないと観客が飽きてしまいます。今回は3つの世界をそれぞれ立たせるためにも、できる限り画に変化を持たせたいと思いました。そこから今の日本、東京の感じが見えてくればいいなと思います。
漁師船に乗せてもらって東京の河川をいろいろ回ったのですが、水上から見る東京の風景が新鮮でした。船からは堤防や柵や上方のビルは見えても、路上の人間や車が見えないんです。音は聞こえるから人の営みの気配は感じるけれど、姿が見えない。都会の真ん中にいながらも孤独を感じているアツシの気持ちがわかった気がした、面白い風景でしたね。
今回の主役は皆、当て書きです。(ワークショップ参加者の中から)それぞれの個性を知った上で、バランスを考えながら物語に合う人を選んでいます。アツシは九州出身の口下手な男の役ですが、30歳を過ぎて「役者をやりたいんです」という篠原さんの不器用なりの良さを出したかった。完璧主義のエリート弁護士・四ノ宮を演じた池田さんは、いいところの坊ちゃんなんです。そんな匂いがプンプンするでしょ(笑)。四ノ宮はすごく難しい役で、最初、ワークショップの俳優には難しいだろうと思っていましたが、ハマり役です。本人はここまで嫌な奴ではないですけど(笑)。
アツシが泣くところですね。(死んだ)奥さんに向かって心情を吐露するシーンです。普通に役者さんが役作りをして泣いているというような泣き方じゃない。「結婚してもよかよー、と言ってくれた時が一番幸せやった」と言うところは何度見てもぐっときますね。実際の撮影では、彼(篠原篤)は新人なので、なかなか泣けずにいたんです。演技指導で出来るものではなくて、本人の気持ちですから、もう待つしかありません。もう今日は無理かな、ロケセットだけ残してもらって、別の日に僕と彼だけ泊まり込んで僕がデジカメを回して撮るかな、と思っていた時、最後の最後にできたんです。突然、独り言みたいに始まってポロポロ涙をこぼし始めたので、そのまま「用意、スタート」もなく撮り始めました。カメラマンの助手さんも泣いていて、そういう撮影でした。本人は終わったらホッとしたのか、憑き物が落ちたような顔をしていました。演じてます!という感じじゃなかったのが、良かったと思います。
――スタッフの支えも大きかった?
彼が4時間経っても泣けなかった時に、スタッフが僕のところに来て「監督これじゃダメだと思うんだよね。あいつは泣こう泣こうとしているけどそうじゃないんだよね」みたいなことを口々に言ってきたんです。そんなことをスタッフから言われたのは初めてで。「お前はなんでできないんだよ」じゃなくて、皆が彼の気持ちになって考えてくれていた。本当にチームが一体となって見守ってくれていたと思います。なかなかそういうスタッフさんが集まってくれることはない。(篠原さんに対して)「お前は本当にいい現場にいたよ」という感じでした。
日本映画の現場って、予算もないしギャラも安いから楽しくないとね。(スタッフ・キャストには)居心地よくいてもらいたいです。僕は現場で怒鳴ったことはないです。役者をいじめるイメージがあるみたいですけど、いじめたことないですよ。新人さんとよくやっていますけど、「お前なんでできないんだよ」と怒鳴ることはないです。ひたすら待つだけです。今回はカメラマンの上野さんと録音の小川さん以外は初めて仕事するスタッフが多かったです。
今回のスタッフは映画を作ることに対してものすごく献身的でした。新人を見守ることも含めて。また是非一緒に作品をつくりたいです。皆、とってもスキルがありますよ。
今回、脚本には時間をかけましたが、制作が始まってから撮影まではリハーサルも含めて準備期間が1か月もなかったんです。ロケセットなど作り物もあるのに大丈夫かなと思いましたけど、それでもやっちゃうんです。今、日本映画は準備期間が1か月を切ってもできてしまうくらいのスキルを皆さん持っているということです。時間と予算があればもっといいものをこの人たちは作れる、もっと日本映画が良くなると感じましたね。
原作・監督・脚本:橋口亮輔
出演:篠原篤、成嶋瞳子、池田良、光石研、安藤玉恵、木野花ほか
11月14日(土)テアトル新宿ほか全国ロードショー
(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
(STORY)
3年前の通り魔殺人事件で妻を亡くしたアツシ(篠原篤)。生活に困窮しながらも犯人に裁きを受けさせようと奔走するが、協力者はいない。弁当工場でパートをする主婦の瞳子(成嶋瞳子)は出入りの鶏肉業者(光石研)と親しくなり、出口のない毎日からの脱出方法を考え始める。一方、アツシの担当弁護士である四ノ宮(池田良)は何者かに突き飛ばされて骨折し、密かに想いを寄せる長年の親友(山中聡)からも拒絶されてしまう。孤独にもがき続ける彼らに希望の光は差すのか——。
橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)
1962年生まれ、長崎県出身。学生時代に自主映画制作を始め、93年にゲイの男子大学生を主人公にした長編劇場デビュー作『二十歳の微熱』で一躍脚光を浴びる。その後『渚のシンドバッド』(95)、『ハッシュ!』(02)、『ぐるりのこと。』(08)で数多くの映画賞を受賞。近年では俳優ワークショップの参加者たちと作り上げた62分の群像劇『ゼンタイ』(13)が劇場公開され、好評を博した。